大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(行)95号 判決

東京都中野区本町四の四六の八

原告

宮崎貞利

東京都千代田区大手町一の三の二

被告

東京国税局長

右指定代理人

月原進

右指定代理人

池田幸雄

荒木慶幸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

(原告)

原告の昭和三一年分所得税につき被告が昭和三四年七月二日した原告の審査請求を棄却する旨の決定は、これを取り消すとの判決

(被告)

主文第一項と同旨の判決

第二、原告の請求原因

一、原告は肩書地で洋紙販売業を営んでいるものであるが、昭和三二年三月一五日、中野税務署長に対し、原告の昭和三一年分の所得税について総所得金額を三〇〇、〇〇〇円、所得税額を一二、五〇〇円とする確定申告を提出したところ、昭和三三年二月四日同税務署長は原告に対し、総所得金額を九八五、五八五円、所得税額を二四九、二〇〇円とする更正および過少申告加算税額一一、八〇〇円の賦課決定(以下これを合せて「原処分」という。)をし、その旨原告に通知した。原告はこれを不服として同税務署長に対し、再調査の請求をしたが、同税務署長は昭和三三年六月二一日右請求を棄却する旨の決定をし、原告に対しその旨の通知をした。そこで、厚告は同月二二日同被告に対し審査の請求をしたが、被告は昭和三四年七月二日これを棄却し、その旨原告に通知した。

二、しかしながら、原告の昭和三一年分の総所得金額は、前記確定申告の通りであるから、原処分は違法というべきであり、したがつてこれを認容した本件審査決定もまた違法である。

第三、被告の答弁および主張

一、請求原因一記載の事実は認める。

二、原処分および本件審査決定には、原告主張のような違法はない。すなわち、原告の申告は、いわゆる白色申告であるが、原告は、その収支計算に必要な会計帳簿(仕入帳、売上帳、経費帳、現金出納帳、手形元帳等)を備えていないばかりか、原始記録(仕入れ、売上げの納品書、請求書等)も完全に作成保存していなかつたので、その収支は帳簿書類からは明らかでなかつた。そこで、中野税務署長および被告は、次のような推計の方法により原告の所得金額を算定した。

(一)  総収入金額 一七、一三六、四二三円

(1) 預金から推計した一四、四六〇、七四四円

当時、富士銀行中野支店に、原告名義の当座預金口座のほか、原告の子供である宮崎英利(当時一六才)および宮崎幸利(当時一〇才)名義の普通預金口座があつて、その昭和三一年中における入金額のうち、手形、小切手の振込みまたは現金による入金額は、次の合計一四、七八四、四五六円である。

(イ) 手形、小切手の振込み額 八、六四四、三〇二円

(ロ) 現金入金額 六、一四〇、一五四円

しかして、原告およびその子供らには、当時、他からの借入れはなく、原告の事業による収入以外に特別の収入源はなかつたから、右入金額は、いずれも原告の売上げによるものと認められるが、右金額のうちには、昭和三〇年の売上げで、昭和三一年中に入金したものと認められる(イ)別表(一)記載の四〇七、二七〇円、(ロ)帝都工芸社関係の八七、六〇〇円(昭和三一年三月一四日原告名義の当座預金口座に入金)、(ハ)扶桑印刷関係の二五、〇〇〇円(同年四月二八日原告名義の当座預金口座に入金)の合計五一九、八七〇円のほか、銀行預金の利子の入金二三、六〇八円が含まれているので、これらを控除し、その残額に昭和三一年分の売上げで、昭和三二年中に原告名義の当座預金口座に入金があつたものと認められる別表(二)記載の二一九、七六六円を加えると、右預金口座への入金額から推計される原告の昭和三一年分の売上高は一四、四六〇、七四四円となる。

(2) 資金源不明の支出から推計した二、六七五、六七九円

(イ) 生計費 四八五、九八四円

原告は、その生活費、子女の養育費等の生計費を営業収入によつて賄つていたにもかかわらず、その用に当てるために預金から引き出した金額は僅少である。そしてこの点について、原告は、毎年、年末に一年分の生計費としてまとめて現金で妻に渡しているので、年度の途中で預金より引き出したり、あるいは収入金より支出することはない旨述べている。してみると、原告は昭和三一年の年末に昭和三二年中の生計費を一括して妻に渡したはずであつて、その額を総理府統計局の家計調査年報より推計すると四八五、九八四円となる。

すなわち、昭和三二年の東京都における全世帯年平均一か月間の消費支出金額(食料費、住居費、光熱費、被服費、雑費を包含し、所得税、社会保障費、貯金、保険掛金、借金返済等は含まれていない。)が世帯人員数四・五八人につき三〇、九一四円であるから、これより一人当たり一か月の生計費を計算すると六、七四九円七八銭となり、これを基礎として原告の世帯員六名について、一年間の生計費を計算すると四八五、九八四円となる。原告は、被告の調査で判明した範囲内でも年間一二、九二〇、〇〇〇円以上の仕入れを行なう営業を行ない、昭和三一年中に総工費六、〇〇〇、〇〇〇円余りの建物を建築し、かつ、約一、〇〇〇、〇〇〇円をかけて舶来テレビ、ピアノ、電蓄、高級テーブル等を購入しているのであるから、原告の生活程度が右平均生計費を上廻るものであることは明らかである。

ところで、原告およびその子供ら名義の各預金について調べてみても、昭和三一年の年末にそのような出金がなされた事跡がないので、右昭和三二年中の生計費については、資金源が不明である。

(ロ) 仕入外経費 三六八、〇六五円

原告が、昭和三一年中に仕入外経費として別表(五)記載のとおり五九〇、九六一円を支出していることは、後述のとおりであるが、右金額のうち、原告が手形、小切手を振り出して預金から支出したものは一四二、九九四円である。したがつて、残額の四四七、九六七円から、積極的に現金を支出したものではない同表11番の減価償却費七九、九〇二円を控除した三六八、〇六五円は、現金で支払われたことになるが、その資金源は不明である。

(ハ) 建築資金 一、八二一、六三〇円

原告は、昭和三一年中に総工費金六、〇五九、五二〇円の建物を新築し、建築費を支払つているが、右建築費のうち、次のAからEまでの合計三、四一七、八九〇円については、その資金源が明らかである。

A 昭和三二年中に原告が支払つた附帯工事の対価 二六九、四八四円

B 宮崎英利名義の普通預金より現金で支出した別表(九)記載の 八二二、〇〇〇円

C 原告名義の当座預金より現金で支出した別表(一〇)の1記載の 二三、二〇〇円

D 原告の当座預金より小切手で支出した別表(二)および別表(三)記載の合計 一、五二三、二〇六円

E 定期預金の解約分 七八〇、〇〇〇円

原告は、昭和三一年四月一七日に原告名義の当座預金および幸利名義の普通預金より各五〇〇、〇〇〇円の払戻しを受けて富士銀行中野支店において、金額一、〇〇〇、〇〇〇円、期間三か月(後にさらに三か月更新された。)の定期預金を組んだが、それを同年一〇月二〇日に満期解約して、いつたん全額を現金で受領し、そのうち五八〇、〇〇〇円を手中に残し、残額(利子を合せて合計四三〇、一八〇円)を同日付で幸利名義の普通預金に入金している。さらに、原告は、同年五月二日に幸利名義の普通預金より二〇〇、〇〇〇円の払戻しを受けて同日付で富士銀行中野支店において金額二〇〇、〇〇〇円、期間六か月の定期預金を組み、それを同年一二月三一日に満期解約し、現金で払戻しを受けている。右各定期預金の解約による払戻金のうち同年一〇月二〇日の五八〇、〇〇〇円および同年一二月三一日の二〇〇、〇〇〇円の合計七八〇、〇〇〇円は、建築費に支出されたものと認める。

総建築費のうち、右AからEまでの合計三、四一七、八九〇円を除くその余の二、六四一、六三〇円については、資金源が明らかでない。ただ、原告は、同年中に、次のとおり預金から合計八二〇、〇〇〇円の払戻しを受けたが、その使途が明らかでない。

A 原告は、幸利名義の預金より同年七月九日に四〇、〇〇〇円、同年八月八日に二三〇、〇〇〇円、同年一〇月三一日に一〇〇、〇〇〇円、同年一一月一四日に二〇〇、〇〇〇円、同月一五日に一〇〇、〇〇〇円の合計六七〇、〇〇〇円の払戻しを受けた。

B 原告は、同年二月六日英利名義の預金より一五〇、〇〇〇円の払戻しを受けて富士銀行中野支店において一五〇、〇〇〇円、期間六か月の定期預金を組んだが、それが、同年八月三一日に満期となり、同日一五〇、〇〇〇円の払戻しを受けた。

右合計八二〇、〇〇〇円は、一度の支出額が比較的大きく、かつ、まとまつた金額であるところから、建築費にあてられたものと推定されるが、前記資金源不明の建築費から右金額を差し引いてもなお一、八二一、六三〇円については資金源が不明である。

以上のように、(イ)生計費四八五、九八四円、(ロ)仕入外経費三六八、〇六五円、(ハ)建築資金一、八二一、六三〇円の合計二、六七五、六七九円については、その資金源が不明であるが、原告には、前記のとおり他より借入金がなく、また昭和三一年中は、事業による収入以外に特別の収入がなかつたから、原告は昭和三一年中の営業収入で、原告および子供ら名義の前記預金に入金しなかつた分の現金をもつて、これらの費用を支払つたものといわざるをえない。

(3) よつて、原告の同年中の総収入金額は、前記預金から推計した一四、四六〇、七四四円に右資金源不明の支出から推計した二、六七五、六七九円を加えた合計一七、一三六、四二三円である。

(二)  総仕入金額 一二、九二五、四六一円

原告の帳簿、その他の書類より取引を確認した仕入先一六店について調査のうえ確認しえた仕入金額一一、五九三、一五一円(別表(三)記載のとおり)に、前記原告ら名義の預金より支出した支払手形、小切手の裏書により推認した仕入金額一、三三二、三一〇円(別表(四)記載のとおり)を加算した金額。

なお、期首、期末の在庫は不明のため、同額と推定した。

(三)  その他の経費 五九〇、九六一円

その内訳は別表(五)のとおり。

(四)  以上のとおりであつて、右(一)の総収入金額より、右(二)および(三)の経費額を差し引いた金額が、原告の昭和三一年分の総所得金額であるが、その額は、三、六二〇、〇〇一円であるから、その範囲内において、原告の総所得金額を九八五、五八五円、所得税額を二四九、二〇〇円としてなした原処分には原告主張のような違法はなく、したがつて、これを認容した本件審査決定も、また適法である。

第四、被告の主張に対する原告の反論

一、被告主張の事実のうち、原告の申告がいわゆる白色申告であること、原告が被告主張のような会計帳簿を備えていないこと(ただし、仕入先の毎月の計算書は存在する。)、原始記録のうち、現金売りの分の作成保存がないこと(ただし、現金売りは総売上高の約一割五分にすぎない。)、原告およびその子供の英利、幸利名義の各預金口座に被告主張の入金があつたこと、右入金中に、昭和三〇年分の売上げで、昭和三一年中に入金があつた被告主張のとおりの合計五一九、八七〇円および銀行預金の利子の入金二三、六〇八円が含まれていること、三一年中に原告およびその子供らには原告の事業による収入以外の収入がなかつたこと、同年中に他からの借入金がなく、利息を支払つた事実もないこと、同年中に原告が総工費金六、〇五九、五二〇円(ただし、昭和三六年三月当時の時価相場に換算した金額である。昭和三一年春の見積りでは総工費一、八〇〇、〇〇〇円位で完成する予定であつたが、同年七月ころ建築費の急騰により同年中に完成できなくなつた。)の建物の新築に着手したこと、同年分の総仕入額が被告主張のとおりであり、期首、期末の在庫が同額であること、現告が仕入外経費として別表(五)記載の経費を支出したことは、いずれもこれを認めるが、その余は争う。

二、原告は、会計帳簿を備えていなかつたが、仕入先の計算書、仕入伝票(ただし、同業者からの現金仕入分は除く。)、売上伝票(ただし、現金売り分は除く。)を備えていたのであるから、これによつて利益の算定が可能であり、被告が推計計算の方式により、原告の所得を算定したのは違法というべきである。

三、仮に、被告主張のような推計計算の方式により原告の所得を計算することが許されるとしても、被告の推計は正当ではない。

(一)  昭和三一年中における原告およびその子供らの名義の預金口座への入金中には、売上げのみではなく、代理店による信用調査に備えて手持現金を入金して預金高を水増ししたものおよび他人より依頼されて、一時他人よりの預り金を入金したものが含まれているので、右入金額をすべて原告の同年分の収入金額(売上高)と推定するのは不当である。のみならず、右収入金額のうちには、次のとおり昭和三一年分の原告の売上げとは関係がないもの合計一、一〇三、六三〇円が含まれているから、これは同年分の売上高から控除されるべきである。

(1) 昭和三〇年分の売上げで、昭和三一年中に入金があつたもののうち、被告が認めた金額以外のもの合計二八七、二〇二円

(イ) 生々印刷関係 六七、四〇二円

右は、原告の当座預金口座に、いずれも手形によつて、昭和三一年二月四日に入金した三六、九四五円および同年三月三日に入金した三〇、四五七円であるが、これらは、原告の生々印刷に対する昭和三〇年一〇月分および同年一二月分の紙の売上金である。

(ロ) 有限会社扶桑印刷関係 一九九、〇七二円

右は、原告の当座預金口座に手形により入金したものであるが、その内訳は次のとおりである。

A 和年三一年 五月三一日 入金 五八、六六一円

B 同年 六月二七日 〃 五八、八五〇円

C 同年 六月二九日 〃 一〇、七五〇円

D 同年一〇月 九日 〃 二五、〇〇〇円

E 同年一〇月一一日 〃 二三、〇〇〇円

F 同年一一月一七日 〃 二二、八一一円

しかして、右金額は、原告が有限会社扶桑印刷に対し、昭和三〇年二月二二日同社が火災で焼失する以前に、売却した紙の売上金である。

(ハ) 前年分小切手 二〇、七二八円

右は昭和三一年一月四日に原告の当座預金口座に入金したものであるが、原告は右金額を昭和三〇年一二月三一日銀行に持参したところ、年末締切り後であつたため、翌年一月四日に入金として処理されたものであるから、昭和三一年分の売上げとは関係がない。

(2) 受取小切手に対する釣銭 五〇、〇〇〇円

原告は、別表(六)上段記載のとおり紙の売上金として小切手を受領し、原告名義の当座預金口座に入金したが、右小切手を受領した際、実際の売上金との差額を釣銭として、同表下段記載のとおり、小切手で支払つた。したがつて、右釣銭の合計五〇、〇〇〇円は所得の計算上、控除されるべきである。

(3) 手持現金と等価交換した手形、小切手 二六〇、〇〇〇円

原告名義の当座預金のうち、別表(七)記載の手形、小切手による入金は、昭和三一年分の売上金ではなく、原告の知人である当該手形、小切手の所持人らより、手形等の割引きを依頼された際、たまたま建築資金として現金を所持していたので、右手形等の券面額で、現金と手形等を交換した。そして右手形等が満期となつた日に原告の当座預金口座に入金となつたものであるから、その合計二六〇、〇〇〇円は、所得の計算上控除されるべきである。

(4) 飯田要三関係 三四五、一〇〇円

株式会社アサヒ製作所は昭和三〇年中に飯田要三に振出人和田和、支払場所川崎信用金庫中原支店、額面六〇、〇〇〇円の手形を騙取され、飯田に対し、右手形金同額の損害賠償請求権を取得したが、そのころ、右会社から原告が右損害賠償権の譲渡をうけてこれを取得した。そして、飯田は原告に対し、昭和三一年中に右六〇、〇〇〇円を支払い、原告名義の当座預金に入金となつた(入金年月日は不明)。

また、原告は、別表(八)の上欄(ただし、「被告調査による内訳」欄を除く。)記載のとおり飯田に対する紙の売上金として手形、小切手を受領し、原告名義の当座預金口座に入金したが、右手形、小切手の金額と実際の売上金額(同表中欄記載の金額)との差額を飯田に対し釣銭として、同表下欄記載のとおり小切手で支払つた。

したがつて、前記六〇、〇〇〇円および原告が飯田に釣銭として支払つた小切手金二八五、一〇〇円の合計三四五、一〇〇〇円は、所得の計算上控除されるべきである。

(5) 不渡引換分 一六一、三二八円

銀行に手形の取立てを依頼すると、手形の満期日に当然に取り立てられたものとして当座預金口座へ入金の記載をし、後日その手形が不渡りとなつたことが判明した場合には、当座預金より手形金額を支払うものとし、その支払欄に「不渡引換分」として、手形金額を記載する取扱いがなされている。ところで、原告名義の当座預金口座には、次のような不渡引換分の記載がある。

不渡引換分としての支払日 支払金額

A 昭和三一年 一月 五日 七、〇〇〇円

B 同年 六月一二日 六五、一九八円

C 同年 七月二〇日 五、〇〇〇円

D 同年 八月二一日 二一、〇〇〇円

E 同年 九月 六日 一二、一五〇円

F 同年一〇月 六日 一三、七三〇円

G 同年同 月一〇日 一三、〇〇〇円

H 同年一一月 六日 一〇、〇〇〇円

I 同年同 月一六日 一四、二五〇円

ところで、原告は、右不渡手形を原告に交付した者から、後日これと同額の現金または手形の交付を受け、これを原告名義の当座預金口座に振り込んだ。したがつて、右不渡引換分は、重複して預金口座に入金したことになるから、預金口座への入金額から原告の収逓金額を推計するとすれば、右不渡引換分と同額を控除すべきものである。

(二)  生計費について

原告が、昭和三二年中の一年分の家族六人の生計費を昭和三一年の年末に一括して妻に渡したこと、総理府統計局の家族調査年報により昭和三二年の東京都の一人当り一カ月の生活費を計算すると六、七四九円七八銭となることおよび昭和三一年頃約一、〇〇〇、〇〇〇円をかけて舶来テレビ、ピアノ、電蓄、高級テーブル等を購入したことは被告主張のとおりであるが、当時原告は手許に約一五、〇〇〇、〇〇〇円以上の現金を所持しており、そのうちより生計費として約四〇〇、〇〇〇円を妻に渡したものであつて、営業の売上げより支出したものではないから、被告のこの点についての主張は失当である。

(三)  仕入外経費について

原告が手形、小切手を振り出して預金から仕入外経費の支払いをした金顔が一四二、九九四円であることは認めるが、被告が資金源が不明であると主張する三六八、〇六五円は、次の(四)の項において述べるとおり、原告において一、三九三、六〇〇円の建築費の支払い準備の手持現金を有していたので、この中から支払つたもので、三一年分の売上げより支出したものではないから、被告がこれを原告の所得として推定して、所得金額を計算したのは失当である。

(四)  建築資金について

被告主張の建築資金のうち、原告が昭和三一年中に銀行預金より払い出した分は三、六九三、六〇〇円であるが、現実に昭和三一年中に建築業者に支払つた分は二、三〇〇、〇〇〇円以内である。

第五、原告の主張に対する被告の反論

一、原告およびその子供ら名義の預金口座への入金中に、売上げだけではなく信用調査のため手持現金を入金して預金高を水増したものおよび他人からの一時の預り金を入金したものがある、との主張は争う。

二、昭和三〇年分の売上げで昭和三一年中に入金されたものである旨の生々印刷関係、有限会社扶桑印刷関係および前年分小切手に関する主張は、すべて争う。

三、受取小切手に対する釣銭、手持現金と手形、小切手の等価交換に関する主張は、いずれも争う。

四、原告主張の飯田要三関係の入金の内訳は、被告の調査によれば別表(八)の上欄の「被告調査による内訳」欄記載のとおりである。飯田要三関係に関するその余の原告の主張はすべて争う。

五、不渡引換分に関する主張はすべて争う。

六、建築資金についての主張は争う。原告は、建物の総工費が六、〇五九、五二〇円である旨昭和三六年三月二三日の第一三回準備手続期日において陳述し、第一回口頭弁論期日に陳述された要約書においても右主張を維持している。原告が右金額を昭和三六年三月当時の時価相場に換算した金額であると主張するのは自白の徹回であつて、被告はこれに異議がある。

第六、証拠関係

(原告)

甲第一号証ないし第二二号証、第二三号証の一ないし三、第二四、二五号証、第二六号証の一ないし九、第二七、第二八号証、第二九号証の一ないし三、第三〇、第三一号証、第三二号証の一、二、第三三号証、第三四、第三五号証の各一、二、第三六号証ないし第三八号証を提出し、証人清水嘉蔵、同津森金次郎の各証言を援用し、乙第六号証、第八号証、第三一号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

(被告)

乙第一号証の一、二、第二号証ないし第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証、第一二号証の一、二、第一三号証ないし第一五号証、第一六号証の一ないし四、第一七号証の一ないし三、第一八号証ないし第二四号証、第二五証の一、二、第二六号証、第二七号証の一ないし三、第二八号証、第二九号証の一、二、第三〇号証ないし第三五号証、第三六号証の一ないし四、第三七号証の一ないし一二、第三八号証ないし第四〇号証を提出し、証人井手智之、同川元昭典(第一、二回)、同津守金次郎、同秋山良知、同藤村富雄の各証言を援用し、甲第一号証ないし第九号証、第三〇号証、第三一号証、第三二号証の一、二、第三四号証の一、二、第三六ないし第三八号証の成立を認め、その余の甲号各証の度立は不知と述べた。

(裁判所)

職権で原告本人を尋問した。

理由

一、処分の経緯

原告の請求原因一記載の事実は当事者間に争いがない。

二、推計課税の可否について

原告の申告が青色申告によるものではなく、いわゆる白色申告であること、原告が仕入帳、売上帳、経費帳、現金出納帳、手形元帳等の会計帳簿を備えていなかつたばかりでなく、現金売りにかかる仕入れ、売上げの納品書、請求書等の原始記録を作成保存していなかつたことは、当事者間に争いがない。

そして、原告は、仕入先の毎月の計算書、現金売り以外の仕入れ、売上げにかかる仕入伝票および売上伝票を作成保存していたし、原告の総売上げのうち現金売りにかかる分は約一割五分にすぎなかつた旨主張するが、たとえそうであつたとしても、原告が保存している右書類だけからでは、原告の仕入れ、売上げおよび経費の各金額を正確に把握することはとうていできないことが明らかであるから、原告の所得を推計して課税した点については、原処分に違法はなく、したがつて、これを是認した点については、本件審査決定に違法はない。

三、収入金額の推計の合理性

(一)  預金からの推計について

(1)  昭和三一年当時、富士銀行中野支店に、原告名義の当座預金口座のほか、原告の子供である宮崎英利および宮崎幸利名義の各普通預金口座があつたこと、同年中に、右各預金口座に、手形、小切手の振込みまたは現金による入金が合計一四、七八四、四五六円あつたこと、右入金中に、原告の昭和三〇年分の売上げによる入金である合計五一九、八七〇円および銀行預金の利子の入金である二三、六〇八円が含まれていることならびに原告名義の当座預金口座に振出日が昭和三一年中である別表(二)記載の手形の振込みにより昭和三二年中に合計二一九、七六六円の入金があつたことは、当事者間に争いがない。

(2)  原告は、昭和三一年中の入金の中には、原告の昭和三一年分の売上げとは関係のない「被告の主張に対する原告の反論」の項の三(一)の(1)から(5)までに記載の合計一、一〇三、六三〇円が含まれていると主張する。

しかしながら、右主張のうち、(2)記載の受取小切手に対する釣銭五〇、〇〇〇円に関する主張および(3)記載の手持現金と等価交換した手形、小切手二六〇、〇〇〇円に関する主張については、これを認めるに足りる証拠がなく、(4)記載の飯田要三関係三四五、一〇〇円に関する主張については、これに副う甲第一四号証(後出乙第二四号証によりその成立を認める。)は、成立に争いのない乙第二四号証に照らし、また、甲第一五号証(証人川元昭典の証言(第二回)によりその成立を認める。)は、同証言およびこれにより成立の認められる乙第三一号証に照らし、それぞれ信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠がない。また、(5)記載の不渡引換分一六一、三二八円に関する主張のうち、原告は、不渡手形を原告に交付した者から後日これと同額の現金または手形の交付を受け、これを原告名義の当座預金口座に振り込んだ旨の部分については、これを認めるに足りる証拠がない。

そうすると、原告の前示主張のうち少なくとも(2)から(5)までに記載の主張は理由がない。

(3)  また、原告は、原告ら名義の各預金口座への入金中には、売上げの入金だけではなく、手持現金を入金したものおよび他人からの預り金を入金したものが含まれている旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、ほかに右各預金口座への入金中に、原告の昭和三一年中の売上げと関係のない入金が含まれていることについては、何ら具体的な主張立証がない(原告の前示主張(1)については後記のとおり。)。

(4)  以上の事実に、昭和三一年当時、原告およびその子供らには、原告の事業による収入以外に収入がなく、他からの借入れもなかつたこと(このことは当事者間に争いがない。)および成立に争いのない乙第一〇号証の一によつて認められる原告ら名義の各預金口座の入出金状況をあわせ考えれば、右各預金口座への前示入金額から昭和三一年分の売上げと関係がないと認められるものを除いた残額によつて原告の同年分の売上額(収入金額)を推計することは、合理性を失わないと認められる。

そして、前示争いのない昭和三一年中の入金額一四、七八四、四五六円および昭和三二年中中の入金額二一九、七六六円の合計一五、〇〇四、二二二円から、昭和三〇年分の売上げによる入金五一九、八七〇円および利子入金二三、六〇八円の合計五四三、四七八円を控除すると、一四、四六〇円、七四四円となるところ、これからさらに、原告が昭和三一年分の売上げと関係がないと主張する「被告の主張に対する原告の反論」の項の三(一)の(1)記載の合計二八七、二〇二円を控除しても(右主張の当否はしばらく措く。)、一四、一七三、五四二円となるから、預金口座への入金額から推計される原告の同年分の収入金額は、これを下らないというべきである。

(二)  資金源不明の支出からの推計について

(1)  原告が昭和三一年中に仕入外経費として別表(五)記載のとおり五九〇、九六一円を支出したことおよび右金額のうち原告が手形、小切手を振り出して預金から支出したものが一四二、九九四円であることは当事者間に争いがない。

したがつて、残額の四四七、九六七円から、現金支出による経費でないことが明らかな同表11番の減価償却費七九、九〇二円を控除した三六八、〇六五円は、税金で支払われたことになる。

(2)  原告は、右現金による仕入外経費の支払いには、当時建築費の支払い準備のため手許に有していた一、三九三、六〇〇円の現金をもつて充てた旨主張するが、これを認めるに十分な証拠はなく、原告は、他に、右現金による仕入外経費の資金源を明らかにしない。

(3)  当時、原告には、他からの借入金がなく、昭和三一年中には事業による収入以外に収入がなかつたことは前示のとおりであるから、右資金源の明らかでない仕入外経費三六八、〇六五円は、原告の同年中の売上げによる収入で、原告ら名義の前記各預金口座に入金されずに、原告の手許に留保された分の現金をもつて支払われたものと推認し、これを原告の同年中の収入金額に加算することは合理性があると認められる。

(三)  総収入金額について

そうすると、その余の原告および被告の主張について判断を加えるまでもなく、原告の昭和三一年分の収入金額は、少なくとも、預金から推計される一四、一七三、五四二円および資金源不明の支出から推計される三六八、〇六五円の合計一四、五四一、六〇七円を下らないことになる。

四、仕入金額その他の経費

原告の昭和三一年分の総仕入金額が一二、九二五、四六一円であり、その他の経費が五九〇、九六一円であることは、当事者間に争いがない。

五、総所得金額

そうすると、原告の昭和三一年分の総所得金額は、少なくとも前示推計による総収入金額一四、五四一、六〇七円から、仕入金額その他の経費合計一三、五一六、四二二円を控除した一、〇二五、一八五円を下らないと認められる。

六、結論

したがつて、右金額の範囲内で、原告の総所得金額を九八五、五八五円と認定してした原処分には、原告主張の違法はなく、これを認容した本件審査決定にも違法はない。

よよつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴証法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 青山正明 裁判官 石川善則)

別表(一) (原告の昭和三一年分期首売掛金(受取手形)明細表)

〈省略〉

別表(二) (原告の昭和三一年分期末売掛金(受取手形)明細表)

〈省略〉

別表(三) (仕入高及び仕入先一覧表)―帳簿その他の書類により確認したもの

〈省略〉

〈省略〉

別表(四) (仕入高及び仕入先一覧表)―支払小切手等の裏書により推定したもの

〈省略〉

〈省略〉

別表(五) (経費明細表)

〈省略〉

別表(六) (釣銭支払明細表)

〈省略〉

別表(七) (手持現金と手形等の交換一覧表)

〈省略〉

別表(八) (飯田要三関係の入金・釣銭一覧表)

〈省略〉

〈省略〉

別表(九) (宮崎英利の預金預金より支出した分)

〈省略〉

別表(一〇) (原告の当座預金より現金で支出した分)

〈省略〉

別表(一一) (原告の当座預金より小切手で支出した分)―その(1)

〈省略〉

別表(一二) (原告の当座預金より小切手で支出した分)―その(2)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例